悠久の時の流れの… 【華月】
2017.11.03
「また村が一つ死んだ…」(ユパさま調)という現実を突き付けられたのが2日前。
村とは街中華のこと。
話変わって――
青梅街道の上井草四丁目五差路交差点を善福寺公園のほうに入る通り。
角から3軒目にひときわ異彩を放つ古めかしいたたずまいの店。

中華料理「華月」。
その姿は、時の流れに取り残され、というよりも、バランスの崩れた奇怪な見えざる手に一人あらがっている、ようにも映る。

3時すぎでも暖簾は掛かっている。
のぞき込むと、奥のいすに店主とおぼしき高齢男性。こっくりこっくり居眠りの様子。
引き戸を開けて「いいですか?」と伺うと、「はい、どうぞ!」と元気よく立ち上がる。

小さいお店で、カウンター7席と小さいテーブル2卓。
いす3つ分までのスペースしかとれないから、テーブルは2人掛けと1人掛けという使い方をしている。店主のおやじさんが座っていたのが1人掛けのほう。僕は2人掛けの手前側に座る。
注文はワンタンメン650円。

とても明るいおやじさんで、調理場からはずっと鼻歌が聞こえている。
壁には“カラオケ1曲〇〇円”の張り紙や千昌夫ほかのサイン色紙。天井付近に据え付けてあるBOSEのスピーカーも、おそらくカラオケ対応。
テレビの玉置浩二の熱唱にも乱されることなく全然違うテンポの鼻歌を続けるおやじさん、かなりの実力者とみた。

ワンタンメンを運んできた店主は、そのままさっき座っていた席に腰を下ろした。狭い店で面と向かう形になり、非常に居心地が悪い。僕の座り方がいけなかったんだと思うが、座り直すのもちょっとヘン。
「甘かったら言ってください。しょうゆ足しますから」
しょうゆって、そういうものなのか? かえしって意味かな?

緊張のスープひと口目。
「……」
「あ、甘かった?」
と立ち上がりそうになるおやじさんを制して、
「あ、大丈夫。OKッス!」

マイルドながらじわりとしょうゆの塩気がやって来る。ちょうどいいバランス。ときどきゴマ油が香るのはワンタン由来のようだ。
コショウを振ろうとすると、「あ、入ってないでしょ?」って(笑)。
立ち上がりそうになるおやじさんを制して、
「大丈夫、入ってました(笑)」

それからもズルズルすすりつつも、やっぱり目の前の店主が気になる。つい顔を上げるとじーっとこっちを見ているのである。
けたたましく電話が鳴って救われる。
「はい。えっ? やってるよ。休もうかと思ったんだけど天気がいいからやってるの」
天気がよくて、僕は運がよかったようだ。
電話を切って、店主はまたまた所定の席に。
耐えきれずにこちらから口を開く。
「何年ぐらいやってるんですか?」

以下、そのあと食べながらのやりとりの抜粋。
「何年ぐらいやってるんですか?」
「うん。ラーメン屋になって… 45年」
「“なって”って、その前は?」
「乾物屋やってたんです。そっちが本職」
「乾物屋というと?」
「食料品全般。何でも売ってましたよ。それこそみそ・しょうゆから」
「なんでまたラーメン屋に」
「ええ、周りからもさんざん言われました。ラーメンなんか作れないんだからやめとけって。でも先見の明っていうんですかね。ラーメン屋始めたから長く商売続けられた」
「そのころ青梅街道は通ってたの?」
「通ってた。ここで商売始めたのが54年前で、そのころここの通りはずーっと商店街で、青梅街道も通ってました。商売やってる人はみんな銭湯行くんですよ。家に風呂付いてても。生まれたばっかりの子ども連れたりして3時に並んでるの。一番風呂に入るって。それが、いまでも商売続けてるのは自転車屋とうちだけ。みんななくなっちゃった」
「いまはどこの街もそうかもしれないですね」
「ほら、どこも後継者いないから」
「あと、でかいスーパーできたりとかして。乾物屋では厳しかったですかね?」
「そうです。そこに『いなげや』できてね、すごかったですよ。東京で3番目の売り上げの店って。広告出せば何でも売れる」
「そこって、いまのオリンピック?」
「そうそう、ホームセンターの。だからやっぱり先見の明があったんだね。そういうことにしときますよ(笑)」

というわけで、ワンタンメンをじっくり味わうという状況ではなかった(笑)。
途中、さっきの電話相手と思われる常連のおじいさんが入ってきたので話を切り上げ、お店をあとにした。
腐海に沈まないことを願わずにはいられない、かけがえのない存在である。

[DATA]
華月
東京都杉並区善福寺3-13-19
[Today's recommendation]

https://youtu.be/lTK9Y9TLdFw


◆ 猫写真はこちら ◆
「また村が一つ死んだ…」(ユパさま調)という現実を突き付けられたのが2日前。
村とは街中華のこと。
話変わって――
青梅街道の上井草四丁目五差路交差点を善福寺公園のほうに入る通り。
角から3軒目にひときわ異彩を放つ古めかしいたたずまいの店。

中華料理「華月」。
その姿は、時の流れに取り残され、というよりも、バランスの崩れた奇怪な見えざる手に一人あらがっている、ようにも映る。

3時すぎでも暖簾は掛かっている。
のぞき込むと、奥のいすに店主とおぼしき高齢男性。こっくりこっくり居眠りの様子。
引き戸を開けて「いいですか?」と伺うと、「はい、どうぞ!」と元気よく立ち上がる。

小さいお店で、カウンター7席と小さいテーブル2卓。
いす3つ分までのスペースしかとれないから、テーブルは2人掛けと1人掛けという使い方をしている。店主のおやじさんが座っていたのが1人掛けのほう。僕は2人掛けの手前側に座る。
注文はワンタンメン650円。

とても明るいおやじさんで、調理場からはずっと鼻歌が聞こえている。
壁には“カラオケ1曲〇〇円”の張り紙や千昌夫ほかのサイン色紙。天井付近に据え付けてあるBOSEのスピーカーも、おそらくカラオケ対応。
テレビの玉置浩二の熱唱にも乱されることなく全然違うテンポの鼻歌を続けるおやじさん、かなりの実力者とみた。

ワンタンメンを運んできた店主は、そのままさっき座っていた席に腰を下ろした。狭い店で面と向かう形になり、非常に居心地が悪い。僕の座り方がいけなかったんだと思うが、座り直すのもちょっとヘン。
「甘かったら言ってください。しょうゆ足しますから」
しょうゆって、そういうものなのか? かえしって意味かな?

緊張のスープひと口目。
「……」
「あ、甘かった?」
と立ち上がりそうになるおやじさんを制して、
「あ、大丈夫。OKッス!」

マイルドながらじわりとしょうゆの塩気がやって来る。ちょうどいいバランス。ときどきゴマ油が香るのはワンタン由来のようだ。
コショウを振ろうとすると、「あ、入ってないでしょ?」って(笑)。
立ち上がりそうになるおやじさんを制して、
「大丈夫、入ってました(笑)」

それからもズルズルすすりつつも、やっぱり目の前の店主が気になる。つい顔を上げるとじーっとこっちを見ているのである。
けたたましく電話が鳴って救われる。
「はい。えっ? やってるよ。休もうかと思ったんだけど天気がいいからやってるの」
天気がよくて、僕は運がよかったようだ。
電話を切って、店主はまたまた所定の席に。
耐えきれずにこちらから口を開く。
「何年ぐらいやってるんですか?」

以下、そのあと食べながらのやりとりの抜粋。
「何年ぐらいやってるんですか?」
「うん。ラーメン屋になって… 45年」
「“なって”って、その前は?」
「乾物屋やってたんです。そっちが本職」
「乾物屋というと?」
「食料品全般。何でも売ってましたよ。それこそみそ・しょうゆから」
「なんでまたラーメン屋に」
「ええ、周りからもさんざん言われました。ラーメンなんか作れないんだからやめとけって。でも先見の明っていうんですかね。ラーメン屋始めたから長く商売続けられた」
「そのころ青梅街道は通ってたの?」
「通ってた。ここで商売始めたのが54年前で、そのころここの通りはずーっと商店街で、青梅街道も通ってました。商売やってる人はみんな銭湯行くんですよ。家に風呂付いてても。生まれたばっかりの子ども連れたりして3時に並んでるの。一番風呂に入るって。それが、いまでも商売続けてるのは自転車屋とうちだけ。みんななくなっちゃった」
「いまはどこの街もそうかもしれないですね」
「ほら、どこも後継者いないから」
「あと、でかいスーパーできたりとかして。乾物屋では厳しかったですかね?」
「そうです。そこに『いなげや』できてね、すごかったですよ。東京で3番目の売り上げの店って。広告出せば何でも売れる」
「そこって、いまのオリンピック?」
「そうそう、ホームセンターの。だからやっぱり先見の明があったんだね。そういうことにしときますよ(笑)」

というわけで、ワンタンメンをじっくり味わうという状況ではなかった(笑)。
途中、さっきの電話相手と思われる常連のおじいさんが入ってきたので話を切り上げ、お店をあとにした。
腐海に沈まないことを願わずにはいられない、かけがえのない存在である。

[DATA]
華月
東京都杉並区善福寺3-13-19
[Today's recommendation]

https://youtu.be/lTK9Y9TLdFw


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