優しい人々 【萬栄軒】
2017.06.11
1948年創業の荻窪のラーメン店「丸長」の系譜で、その暖簾分けグループ「丸長のれん会」に名を連ねる「萬栄軒」。
昭和の終わりの荻窪ラーメンブームの一翼を担ったこの系列であるが、私はかつて荻窪駅前にあった「丸信」と、四面道に現存する「丸信」に数回ずつ入ったことがあるのみ。ほかに守備範囲内では谷保の「丸信」がある。
ちなみにかの有名な東池袋の「大勝軒」もこの系列で、そのルーツである代々木上原大勝軒、中野大勝軒とともに名簿に載っていることから、丸長のれん会のグループ店を食べ歩くラーメンファンもいるとか。

上の情報は漠然と知ってはいたが、特に興味はないのでその方向でイメージを膨らませることもなく、ただときどき前を通るこの萬栄軒は、情報ではなく現物としてそのたたずまいが気になってはいた。そして何となく、普通の街の中華屋で、店主には脂ぎった小太りのおやじなんかを想像していた。
入ってみると、店内は思っていたよりも狭く暗い。4人掛けテーブルと2人掛けテーブル各1、カウンター実質4席。
中華屋というよりも、それこそ荻窪ラーメンブームの時代の中央線沿線あたりのラーメン屋そのものである。われわれの世代にとっては非常に懐かしい雰囲気。
厨房に立つのは60代だろうか、背の高い女の人である。

僕と同時に2人組のおじさんが入店。カウンター席に座り、左の人が「チャーハン」と注文すると、右の人が「同じものにしたほうがいいかな?」と聞く。お店の人は「何でもいいですよ。お好きなものを召し上がってください」
客も店側も気配りの行き届いたやりとりなのである。
僕はカウンターの実質右端に座ってワンタンメン650円を注文。
ふと見ると、調理場の女性の後ろ、居室と思われる部屋の上がり口におばあさんが腰かけている。おそらくお母さんかお義母さんだろうから相当のご高齢で、背中がかなり曲がっている。古い常連客の話し相手にでも待機しているのかと思った。
おばあさんはおもむろに立ち上がり、ゆっくりした動作で手伝いのようなことを始めた。コップを洗ったんだから明らかに仕事をしている。
カウンター裏の天袋から何かを取り出した。そうすると背中が伸びるから、案外背が高く、この人も元は長身だったのかもしれない。2人顔を並べると、そっくりである。
お母さんはそのあと、後ろの棚からラーメンどんぶりを下げ、そのもっと上からチャーハンの皿やギョーザの皿を下ろし、上がり口に腰を下ろして一休みかと思ったらそこにある釜からチャーハン用のご飯をよそっている。いろいろ仕事があるのだ。
娘さんが目の前で僕のワンタンメンの仕上げのトッピングをしている最中、僕から見えない右奥のほうからチャーハンを炒めるジャッジャッという音が聞こえてきた。娘さんを見返すと、やっぱりワンタンメンに取りかかっている。驚くことに、チャーハン担当はお母さんのようなのだ。
老年医学の世界では最近、フレイルという概念が急速に浸透した。フレイルティスコアで評価すればそういうことになると思うが、にもかかわらず現役バリバリの職業婦人である。こういう場合、QOLをどのように考えればいいのだろう? 医者の世界の常識をひっくり返すアッパレなお母さんなのだ。

隣の2人組は途中から娘さんと話を始め、どうやらかなりの常連のようだ。仲間が今日先に来ていたらしく、何を食べたかというような話をしている。
「皆さん定年退職で、すごく優雅な生活をしていらっしゃって」と娘さん。その一例として「〇〇さんはよく、『9時に公園に行って、10時に飲み始め』と(笑)」
「それが彼の土日の日課(笑)」と右のおじさん。
この娘さんの会話はしゃきしゃきで、反応がよく機転も利くが、常連相手に一貫して丁寧語である。非常連客(僕)にも疎外感を抱かせない、とても感じのよい客さばき。
「男の人は皆さん優しいですよ」と言う。横の2人もとても人がよさそう。こういうのを類友というんだろうなと思った。

ワンタンメンは思ったとおりの懐かしの味わい。麺はストレートのやや太め。ワンタンは、こういう店には珍しくひき肉がぎっしり詰まっている。チャーシューは噛み応えがあって肉の風味が残る昔のタイプ。
少し食べて気づいたのだが、意外に量が多い。気を引き締めてピッチを上げても、なかなか麺が減らない。
そして、はじめわからなかったが、ワンタンが異常に多い。食べても食べても減らない。っていうか、増えてる(笑)。重なっていたのがどんどん湧いてくるのである。そしてこのワンタンが熱々。焦ってワンタンに取りかかったら、あっという間に汗だくになってしまった。完全に余裕を失い、横の会話を聞くどころではなくなった(笑)。
まさかワンタンメンを汗だくになってやっとの思いで完食することになるとは思ってもみなかった。
2人組は空いたテーブル席に移っていたが、見るとチャーハンもすごい量だ。

お勘定のときのやりとり。
「すごい量ですね」と僕。
「無理なさらないでくださいね」と娘さん。
「ワンタン、何個入ってるの?」
「13個」
「うわぁ…(笑)」
また一つ、いいお店を見つけた。

[DATA]
萬栄軒
東京都西東京市東伏見5-9-23
[Today's recommendation]
![]()

ネジバナ[モジズリ](滝山団地)



https://youtu.be/l2n167F0eBc
1948年創業の荻窪のラーメン店「丸長」の系譜で、その暖簾分けグループ「丸長のれん会」に名を連ねる「萬栄軒」。
昭和の終わりの荻窪ラーメンブームの一翼を担ったこの系列であるが、私はかつて荻窪駅前にあった「丸信」と、四面道に現存する「丸信」に数回ずつ入ったことがあるのみ。ほかに守備範囲内では谷保の「丸信」がある。
ちなみにかの有名な東池袋の「大勝軒」もこの系列で、そのルーツである代々木上原大勝軒、中野大勝軒とともに名簿に載っていることから、丸長のれん会のグループ店を食べ歩くラーメンファンもいるとか。

上の情報は漠然と知ってはいたが、特に興味はないのでその方向でイメージを膨らませることもなく、ただときどき前を通るこの萬栄軒は、情報ではなく現物としてそのたたずまいが気になってはいた。そして何となく、普通の街の中華屋で、店主には脂ぎった小太りのおやじなんかを想像していた。
入ってみると、店内は思っていたよりも狭く暗い。4人掛けテーブルと2人掛けテーブル各1、カウンター実質4席。
中華屋というよりも、それこそ荻窪ラーメンブームの時代の中央線沿線あたりのラーメン屋そのものである。われわれの世代にとっては非常に懐かしい雰囲気。
厨房に立つのは60代だろうか、背の高い女の人である。

僕と同時に2人組のおじさんが入店。カウンター席に座り、左の人が「チャーハン」と注文すると、右の人が「同じものにしたほうがいいかな?」と聞く。お店の人は「何でもいいですよ。お好きなものを召し上がってください」
客も店側も気配りの行き届いたやりとりなのである。
僕はカウンターの実質右端に座ってワンタンメン650円を注文。
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ふと見ると、調理場の女性の後ろ、居室と思われる部屋の上がり口におばあさんが腰かけている。おそらくお母さんかお義母さんだろうから相当のご高齢で、背中がかなり曲がっている。古い常連客の話し相手にでも待機しているのかと思った。
おばあさんはおもむろに立ち上がり、ゆっくりした動作で手伝いのようなことを始めた。コップを洗ったんだから明らかに仕事をしている。
カウンター裏の天袋から何かを取り出した。そうすると背中が伸びるから、案外背が高く、この人も元は長身だったのかもしれない。2人顔を並べると、そっくりである。
お母さんはそのあと、後ろの棚からラーメンどんぶりを下げ、そのもっと上からチャーハンの皿やギョーザの皿を下ろし、上がり口に腰を下ろして一休みかと思ったらそこにある釜からチャーハン用のご飯をよそっている。いろいろ仕事があるのだ。
娘さんが目の前で僕のワンタンメンの仕上げのトッピングをしている最中、僕から見えない右奥のほうからチャーハンを炒めるジャッジャッという音が聞こえてきた。娘さんを見返すと、やっぱりワンタンメンに取りかかっている。驚くことに、チャーハン担当はお母さんのようなのだ。
老年医学の世界では最近、フレイルという概念が急速に浸透した。フレイルティスコアで評価すればそういうことになると思うが、にもかかわらず現役バリバリの職業婦人である。こういう場合、QOLをどのように考えればいいのだろう? 医者の世界の常識をひっくり返すアッパレなお母さんなのだ。

隣の2人組は途中から娘さんと話を始め、どうやらかなりの常連のようだ。仲間が今日先に来ていたらしく、何を食べたかというような話をしている。
「皆さん定年退職で、すごく優雅な生活をしていらっしゃって」と娘さん。その一例として「〇〇さんはよく、『9時に公園に行って、10時に飲み始め』と(笑)」
「それが彼の土日の日課(笑)」と右のおじさん。
この娘さんの会話はしゃきしゃきで、反応がよく機転も利くが、常連相手に一貫して丁寧語である。非常連客(僕)にも疎外感を抱かせない、とても感じのよい客さばき。
「男の人は皆さん優しいですよ」と言う。横の2人もとても人がよさそう。こういうのを類友というんだろうなと思った。

ワンタンメンは思ったとおりの懐かしの味わい。麺はストレートのやや太め。ワンタンは、こういう店には珍しくひき肉がぎっしり詰まっている。チャーシューは噛み応えがあって肉の風味が残る昔のタイプ。
少し食べて気づいたのだが、意外に量が多い。気を引き締めてピッチを上げても、なかなか麺が減らない。
そして、はじめわからなかったが、ワンタンが異常に多い。食べても食べても減らない。っていうか、増えてる(笑)。重なっていたのがどんどん湧いてくるのである。そしてこのワンタンが熱々。焦ってワンタンに取りかかったら、あっという間に汗だくになってしまった。完全に余裕を失い、横の会話を聞くどころではなくなった(笑)。
まさかワンタンメンを汗だくになってやっとの思いで完食することになるとは思ってもみなかった。
2人組は空いたテーブル席に移っていたが、見るとチャーハンもすごい量だ。

お勘定のときのやりとり。
「すごい量ですね」と僕。
「無理なさらないでくださいね」と娘さん。
「ワンタン、何個入ってるの?」
「13個」
「うわぁ…(笑)」
また一つ、いいお店を見つけた。

[DATA]
萬栄軒
東京都西東京市東伏見5-9-23
[Today's recommendation]

ネジバナ[モジズリ](滝山団地)



https://youtu.be/l2n167F0eBc