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3年ぶりに恒例七福神めぐり ――雑司が谷七福神

2023.01.03

 コロナ前、正月の恒例だった七福神めぐりを3年ぶりに挙行。

七福神めぐりは寺社観光と街歩きが組み合わさった、江戸時代の物見遊山気分を手軽に味わえる優れたイベントである。
十数年前に始めて、これまで回ったのが日本橋七福神、東久留米七福神、新宿山手七福神、武蔵野吉祥七福神、雑司が谷七福神、谷中七福神、下谷七福神浅草名所七福神江戸最初・山手七福神

今年は2016年と同じ雑司が谷へ。


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豊島区観光協会「雑司が谷七福神めぐり」より


雑司が谷七福神めぐりは2011年にスタートした新しいイベントだが、雑司ヶ谷霊園を含む歴史ある街並みをめぐるコンパクトなコース設定が秀逸。曲がりくねって適度にアップダウンもあり、大都会・池袋に隣接するとは思えない非日常感がある。

前回は鬼子母神堂スタート~仙行寺ゴールと歩いたが、今回はその逆回りとした。
理由は2020年の記事に書いた次の一節。

――七福神めぐりの醍醐味をあえて表現するとすれば、それは仙境から俗界への旅。水は低きに流れ、人は易きに流れる。水の神であり音楽の神である弁財天をゴールに、おのずと巡り順を考えるのだ。日本橋の水天宮、谷中の不忍池辯天堂、武蔵野の井の頭弁財天… と、それは最もにぎやかな場所でもある。

前回、池袋の街なかゴールというのは“にぎやか”要素からだが、寺社そのものがにぎやかなのは鬼子母神なのだった。
地形的にも低くなっており、七福神の弁財天を祀る観静院は、鬼子母神堂の本院・法明寺の塔頭である。


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ということで、池袋駅東口をスタート。
南池袋公園の横を通ってシアターグリーン通りへ。


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はじめの2つはビルディングで、布袋尊に至っては寺社ですらない。
ゴールとしては物足りないと前回感じたゆえんである。



○華の福禄壽/仙行寺
豊島区南池袋2-20-4
http://www.sengyoji.jp/

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“境内”の駄菓子屋には惹かれるものが…



○布袋尊/中野ビル
豊島区南池袋2-12-5

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「中野ビル」前の東通りをそのまま東へ。
約450mで都電荒川線にぶつかる。
この界隈は都電沿線で、それもコースにレトロな趣を添えている。


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踏切の向こうは雑司ヶ谷霊園。

――ジョン万次郎、小泉八雲、夏目漱石、島村抱月、竹久夢二、泉鏡花、東條英機、永井荷風、サトウハチロー、東郷青児、大川橋蔵など著名人の墓が多くあり、夏目漱石の小説『こゝろ』の舞台にもなっている。Wikipedia


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お墓の台石でゴロゴロする猫


霊園を抜けると閑静な住宅街。
あたりには寺社が多くあるため緑豊かで情緒ある街並みが形成されている。


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弦巻通り


道は次第に下り坂に。
かつてこの先には弦巻川という川が流れていたという。

次に回る清土鬼子母神堂だけコースからそれる形となっているが、法明寺鬼子母神堂を中心に構成された雑司が谷七福神めぐりで、こちらは外すことのできない存在である。


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鬼子母神像は1561(永禄4)年、雑司の役にあった柳下若挟守の家臣山村丹右衛門が当地(清土)にて掘り出し、星の井という三角形の井戸で清め、東陽坊(現在の法明寺鬼子母神堂)に祀ったのが始まりとされる。
そのため当地は“雑司が谷鬼子母神出現所”“清土出現所”などと呼ばれる。

なお、吉祥天が七福神に数えられるのは珍しく、ここでは一般的な七福神の寿老人の代替ということになっている。



○吉祥天/清土鬼子母神堂
文京区目白台2-14-9

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星の井(左)と吉祥天

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守り人のごとく星の井に鎮座するカラス。鬼子母神の使いか?



弦巻通りを西へ。
かつて星の井のそばを流れていた弦巻川は暗渠となり、弦巻通りがそれに当たる。
趣ある商店街の名残を見ることができる。


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弦巻通りを右にそれ、清立院へ。
HPには、寛喜年間(1229~1232年)、真言宗三嶽山清龍寺として創立され、1259年ころ法華宗(日蓮宗)に改宗とある。
斜面を利用してつくられた境内からは周囲を一望できる。
背後は雑司ヶ谷霊園。



○毘沙門天/清立院
豊島区南池袋4-25-6
http://seiryuin.or.jp/

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弦巻通りに戻って先に進むと、再び都電と交差する。


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踏切を渡ってすぐのところに、雑司が谷七福神唯一の神社である大鳥神社。
1712(正徳2)年に創建され、もともとは法明寺の境内にあったが、明治時代の神仏分離政策により独立し現在地に移転したとのこと。



○恵比壽神/大鳥神社
豊島区雑司が谷3-20-14
https://www.facebook.com/ootorijinja/

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次の観静院は前述のように法明寺の塔頭。
鬼子母神表参道から法明寺参道へと続く広大な寺院領域にある。
音楽の神・弁財天にまつわるかのごとく、背後には日本最古の私立音楽学校・東京音楽大学池袋キャンパス。



○弁財天/観静院
豊島区南池袋3-5-7
https://temple.nichiren.or.jp/0021031-kanjoin/

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法明寺参道を戻り、鬼子母神堂へ。


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お堂の右手にはいい感じの茶屋が。
お参りのあと寄ってみよう♪


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本堂にお参りしたあと最後の大黒天を探すも、見つからず。
「やっぱり幟のあるところだよね」
しかし“大黒天”の幟の誘導する先には、先の茶屋しか見当たらない。

茶屋の看板をよく見ると、“大黒堂”。
「やっぱここかぁ!」



○大黒天/鬼子母神堂
豊島区雑司が谷3-15-20
https://www.kishimojin.jp/

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茶屋の中に大黒天像というか、大黒堂の中のおだんご売り場というか


茶屋でお団子ほおばりつつ七福神最後の大黒天参拝。
なんとも粋な趣向じゃありませんか。

(つづく)


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[DATA]
雑司が谷七福神めぐり
https://www.kanko-toshima.jp/?p=we-page-entry&spot=261038&nav=none
http://www.toshima-mirai.jp/zoshigaya/



[Today's recommendation]


https://youtu.be/uFbKIW_A_3s



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次号予告


今年は“来福”で 【放生寺】

2022.12.27

 この時期の風物詩に「一陽来復御守」の頒布というものがある。
商売繁盛や出世、開運にご利益がある神社として知られる西早稲田の穴八幡宮で毎年冬至の日に金銀融通のお守りの頒布を始めるという、一種の冬至祭りである。

一陽来復とは、“陰極まりて陽に転ずる”冬至の日を指す言葉で、季節が春に向かうことや運気が好転するといった意味で使われる。

うちでは10年ほど前からこのお守りを授かるようになり、2017年2018年2019年と、その模様をブログ記事にしている。

その後コロナ禍で行けてなかったが、今年3年ぶりに行ってみようかと。
ただし穴八幡はやはり混雑不可避とも思われ、あまりにひどかった場合を考え、次の手を用意しておく。


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12月27日火曜日14時30分。
仕事納め前の平日午後といういちばんすいていそうなタイミングを選んだつもりだが、穴八幡はすごい混みよう。


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右が穴八幡宮西参道鳥居、左の献灯提灯が放生寺参道


ただちに次の手発動。
穴八幡宮の隣のお寺さんでもお守りを拝受できるのでした c( ̄▽ ̄)


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放生寺は1641(寛永18)年、穴八幡宮の別当寺として創建された。


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――穴八幡宮とは元々不可分であったため、神仏習合の江戸時代に始まった「一陽来復」の札の授与は穴八幡と放生寺の双方で行われている。ただし放生寺の札は「一陽来福」と1文字異なる…Wikipedia

ホームページヘッダーには“高野山真言宗 一陽来福創始の寺”とある。


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こちらは落ち着いてお参りでき、一陽来福のお札も並ぶことなく拝受することができた。


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一陽来福(一陽来復)のお札には独特の作法がある。
家の居間などに、冬至、大みそか、節分のいずれかの深夜0時、毎年定められた恵方に向けてお札を貼らなければならない。
それによってはじめて金銀融通のご利益にあずかることができるというわけだ。


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深夜0時…。
それが最大の難関だったりする。このトシになると。

(つづく)


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[DATA]
放生寺(ほうしょうじ)
東京都新宿区西早稲田2-1-14
https://www.houjou.or.jp/





[Today's recommendation]


https://youtu.be/YVe0uW_BcvM



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荒波を乗り切る 【波除神社】

2022.12.22

 築地では本願寺だけでなくもう1カ所お参りしている。
前記事の終わりに「東都グリル」本店を探しに行った流れで、その70~80m先にある波除神社。
場外市場から見れば海(隅田川=勝鬨橋)側という位置関係にある、築地の守り神である。


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神社の由来が興味深い。
江戸期、明暦の大火後の復興計画で隅田川河口部一帯を開発し武家地としたのが築地の始まりだが、その埋め立て工事は困難を極めた。堤防を築いても高波にさらわれ続けたという。


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――或夜の事、海面を光りを放って漂うものがあり、人々は不思議に思って船を出してみると、それは立派な稲荷大神の御神体でした。皆は畏れて、早速現在の地に社殿を作りお祀りして、皆で盛大なお祭をしました。ところがそれからというものは、波風がピタリとおさまり、工事はやすやすと進み埋立も終了致しました。萬治2年(1659)の事です。神社HPより)

神仏にまつわる故事は日本史において記紀時代からせいぜい鎌倉・室町あたりまでだと思うが、この場合は近世17世紀。
そこのところが興味深い。


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雄の「厄除天井大獅子」(左)と雌の「弁財天お歯黒獅子」(右)。6月の波除神社例大祭「つきじ獅子祭」にどちらか1基または2基が繰り出される


HPホーム画面のキャッチコピーが“災難を除き波を乗り切る”。
いまの世の中にぴったりではないか。

世界はいま未曽有の危機にひんし、誰もが平和と安定を希求している。


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お賽銭を上げて手を合わせ、えーと…
「おすしをたくさん食べられますように」
おい! ゞ( ̄∇ ̄;) ヲイヲイ

実はこちら、おすしにゆかりの神社でもある。


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左から、玉子塚、末社、すし塚、海老塚

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鮟鱇塚、活魚塚

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おきつね様、昆布塚


境内には玉子塚、すし塚、海老塚、鮟鱇塚、活魚塚、昆布塚… と、すしや魚にまつわる供養塚が並ぶ。
魚市場の街の守り神ならではといえよう。


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“すし”日本の風土に育ち、日本の誰れもがこよなく愛し自慢している食べ物、それがすし。永い永い伝統の中にあるすし。しかしその歴史の蔭に、いくたの魚介が身を提してくれたであろうか。世人の味覚をたのしませ、そしてまたわたし達のたつきの基になってくれたさかなたち。それらあまた魚介の霊を慰めとわに鎮まれかしと祈り、而して永遠の食物としてのすしを表徴するため、ここゆかりの地にすし塚を建てたゆえんである


エネルギーや食品原材料の価格高騰が市民生活を直撃している。外食産業においても値上げが相次ぎ、すしに限らず飲食店を利用しづらくなっている。
これらの原因は、極論すれば一点に集約される。

――願わくはВладимир Владимирович Путинga退散


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[DATA]
波除神社
東京都中央区築地 6-20-37
http://www.namiyoke.or.jp/





[Today's recommendation]


https://youtu.be/jEGLkM1foDs



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陰極まり… 【築地本願寺】

2022.12.22

 コロナ禍において提唱された新しい生活様式がの一つが、幸先詣。

――幸先詣(さいさきもうで)は、新型コロナウイルス感染症の流行第3波渦中で迎える2021年(令和3年)の初詣において、例年のような参拝者による混雑は3つの密な状態であり、ソーシャルディスタンスを確保することが困難であると予想されることから、2020年中から早めに参拝をすることを社寺が推奨Wikipedia


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幸先詣または年末詣というものを一昨年にやってみて、谷保天満宮や大國魂神社という普通に初詣に出かけたら大混雑必至な有名神社をスカスカな状態でお参りでき、これはいい! と思った。


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食べ物屋にしても、行列は避けるだの混んでいたらずらすだのとブログに書いているくらいだから、このスタイルはしっくりくるわけである。


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ところで今日は冬至。
陰極まって陽に転ずる日で、この前後、神仏のパワーも強まるとされる。


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ということで、冬至に築地本願寺へ。
普通の初詣なら大変な人出であったであろう東京を代表するお参りスポットで、ゆっくり拝んで焼香までさせてもらった。


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テレビで築地場外の年末の様子が放映されていて、行ってみようかと。
そのついでというのが実情だが、常に何らかのパワーがみなぎっていそうな寺院である。

(つづく)


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[DATA]
築地本願寺
東京都中央区築地3-15-1
https://tsukijihongwanji.jp/service/





[Today's recommendation]


https://youtu.be/L7XOgJHFjSQ


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次号予告


県内唯一の 【妻沼聖天山 歓喜院】

2022.12.11

 日曜日に用事続きで、久々のプチ観光。
そういう予定で前日から考えているが、なかなか行き先が決まらず、朝起きても決まらず、9時になってもまだ決まらず。

Googleマップ上をさまよう視線。
いくら見直しても、知らないお出かけスポットは近場にはないと思うが…。

ふと、ある文字が目に留まった。
“聖天山 歓喜院(妻沼聖天)”とある。
9月に行った坂戸市の道教の宮「五千頭の龍が昇る聖天宮」と字ヅラが似ているから引っかかったわけだが、こちらは純粋にJaponesqueのよう。
地図上で寄ってみると、周りに多くの飲食店も現れる。

そこのところが大事で、名の通った寺社でも門前にそば屋の1軒もないところには魅力を感じない。お寺さんなら日々香が焚き込まれ祈祷の声が聞こえ、かつ絶えず参拝者があってなんぼ。

いちおうググってみる。
“埼玉県唯一の国宝”

40秒で支度しな!


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2時間で到着。

駐車場から入ると左手の山門の立派なことに驚かされるが、右を向くとさらにいくつか門があり、参道入り口はずっと向こうのほうらしい。
参道の側道には食べ物屋さんなどが連なり門前町の様相を呈しており、まるで違う時空に入り込んだかのよう。
上等の観光地の要件を備えており、観光好きの自分がいままでこの場所を見つけられなかったのが不思議だ。

参道入り口まで逆行して、あらためて外門から境内に入り直すという参拝の段取りを踏む。


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外門と貴惣門

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貴惣門(国指定重要文化財)

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中門

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仁王門

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仁王門越しに本殿

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本殿

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本殿(=国宝 御本殿 [歓喜院聖天堂])

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本堂正面の彫刻


「歓喜院」は平安時代末期の1179(治承3)年、長井庄(熊谷市妻沼)を本拠とした武将・斎藤実盛が聖天宮を建立し長井庄の総鎮守としたのが始まりとされる。
中世には源頼朝が参拝したほか忍城主の庇護を受け、江戸期徳川家康により再興されたが、1670(寛文10)年の妻沼の大火で焼失。現存する聖天堂(本殿)は1760(宝暦10)年に再建されたものという。


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2003~11年に修復工事が行われ、2012年に本殿が国宝に指定された(登録名称:歓喜院聖天堂)。


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左甚五郎作とも伝えられる本殿南面羽目板の「鷲と猿」(時代的に無理があるようだが…)


国宝「歓喜院聖天堂」は日光東照宮を彷彿させる本格的装飾建築で、この地はかつて“埼玉の小日光”と称されていたが、国宝指定を機に“埼玉日光”に格上げ? されているとか。


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国宝御本殿観覧は有料(大人700円)。
本殿のぐるり(南面・西面・北面)を見るだけだが、この部分が国宝の神髄であろう。
700円払う価値はある。


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南面

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南面大羽目彫刻「福禄寿と鶴と亀」

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西面

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西面大羽目彫刻「布袋・恵比寿・大黒天による碁打ち」

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北面

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北面大羽目彫刻「毘沙門天・吉祥天・弁財天双六遊び」


2時間前まで存在も知らなかった美のかたちに、ただ息をのむ。

(つづく)


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[DATA]
妻沼聖天山 歓喜院(めぬましょうでんざん かんぎいん)
埼玉県熊谷市妻沼1511
http://www.ksky.ne.jp/~shouden/





[Today's recommendation]


https://youtu.be/bKIybW1YLNc



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見えざる力の加護 【水稲荷神社】

2022.12.01

 お告げ? どおりの大金星にして大勝利🎊
が、見えざる力の加護はそれだけではなかった。


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昨日、西早稲田の「水稲荷神社」にお参りしている。
ある種パワースポットらしい。


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神社HPには神社の由緒として、

――天慶四年(941年)鎮守府将軍、俵藤太秀郷朝臣が旧社地(現早稲田大学九号館法商研究棟)の「富塚」の上に稲荷大神を勧請され、富塚稲荷、将軍稲荷と初めは呼ばれる。

とある。


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俵藤太秀郷とは、平将門(903?-940)を討ち取った武人・藤原秀郷の別名。
941年は将門討伐の翌年であり、大願成就によって稲荷大神を勧請したと考えられている。


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すなわち水稲荷神社は無敵の武将・平将門討伐に力のあった霊的存在である。
無敵艦隊との戦いの勝利を祈念するのにこれほどふさわしい場所があるだろうか。


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…というのは後付けで、実のところ神社の由緒どころか存在も知らなかった。
われながらずいぶんこじつけたものだ r( ̄_ ̄;)


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堀部武庸加功績跡之碑


故あって都電早稲田駅近くで食事をし、甘泉園から早稲田通りに抜けようとして、見つけたのが水稲荷神社。


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甘泉園の池。水稲荷を含め、一帯は徳川御三卿・清水家の下屋敷であった


この記事も前記事もサッカーのことなどこれっぽっちも考えずに行動しているが、結果的にそのように解釈できなくもない… という偶然の産物、いわゆるセレンディピティ。
セレンディピティとは“こじつけ力”なのである。


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神社を取り上げるにしては内容が不真面目とお考えの方もいるとは思うが、いわば自分なりの宗教観。
セレンディピティを大切にすれば、人生が少し豊かになる。

(つづく)


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水稲荷へは甘泉園側(裏)から入った


[DATA]
水稲荷神社
東京都新宿区西早稲田3-5-43
https://mizuinari.net/





[Today's recommendation]


https://youtu.be/zCE_aYJNfQo



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次号予告


26の寺院が軒を連ねる ――烏山寺町

2022.11.27

 食べ物ブログのつもりではあるが、食べ物以外の行動全体を書き留めてみてはどうかと最近考えるようになった。
コロナ禍でマイクロツーリズム(近場観光)が注目されるなか、自分の行動はもともとそれに近いのではないかと。
発信情報の幅を広げることで近場観光情報サイト的に有用性を高めていければと、ひそかに企てているわけである。

観光といったら寺社仏閣だが、先月の「十二社熊野神社」の記事で取り上げている“大正末期の京王線沿線案内”という観光ポスターには多くの寺社が掲載されており、それらを一つ一つ現在の地図上でチェックしているうちに、異常に寺院が密集しているエリアを発見した。
1本の道を挟んで両側にお寺が連なっており、道の名前を“寺町通り”という。

そこを歩いてみることにした。
吉祥寺に車を止め、井の頭線~京王線で千歳烏山まで行き、歩いて吉祥寺に戻るという計画。


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千歳烏山駅北口の“烏山交番横通り”というアーチの掛かった道がそのまま寺町通りになる。


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その先のクランクのところにでっかい寺院の案内図が。…と思ったら石材店の広告看板というあたり、いかにも寺町っぽい。
この石屋さんでは散策マップも配布しているのでありがたい。


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――北烏山2丁目から6丁目にかけて、寺町通りを中心にみどりにつつまれた26もの寺院が軒を連ねる烏山寺町。小京都と呼ばれるように、ここが東京かと思うような、白壁の連なりが落ち着いた雰囲気をかもしだしています。それぞれの寺院は長い歴史がありますが、寺町のおいたちは、関東大震災(1923年・大正12年)の後、浅草、築地、本所、荒川など都心部から移転してきた寺院が集まったのが始まりです。世田谷区HP


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高速下の案内看板


甲州街道を越え、中央道と交差するあたりから寺院エリアとなる。


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最初の寺 妙高寺。バス停の名前が札所っぽくて面白い。“寺院通五番”まである

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乗満寺では土曜日に「お寺ねこ茶房」が開かれるらしい

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多聞院

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称往院

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永隆寺(左手前)と妙祐寺(右奥)

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妙寿寺山門

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世田谷区指定有形文化財・妙寿寺客殿(旧蓮池藩鍋島家住宅)

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浮世絵師 喜多川歌麿の墓がある専光寺。門前に“都旧跡 喜多川歌麿墓”石碑

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高源院の弁天池(鴨池)。“せたがや百景”および“東京の名湧水57選”に選ばれている


寺町には喜多川歌麿をはじめ歴史上の人物の墓が多くある。
ただ、雑司ヶ谷や谷中といった共同墓地ならともかく、一寺院の墓所はプライベートゾーンである。
昔、三鷹の禅林寺に森鴎外と太宰治の墓を見に行ったことがあるが、寺院裏手の墓所から戻ってくるとちょうど法要を終えて本堂から出てきた人々と鉢合わせになり気まずい思いをした。

そういう経験もあって、お寺めぐりとなるとどうしても表面的になってしまうが、街歩きというだけでも魅力的なコースである。
墓を参りたい場合は、世田谷区頒布の散策マップに個々の墓所見学の可否など注意事項が記されているので、事前にチェックするのがよいと思う。


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ラーメンマークのようにぐるっと回って松葉通りから東八道路の岩崎橋へ。
そのまま玉川上水沿いに吉祥寺に向かう計画だが、そのルートに飲食店などはありそうにない。
時刻は12時を回り、腹が、減った……

(つづく)


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左に行けば玉川上水沿いに井の頭公園・吉祥寺、正面が久我山駅へ続く商店街


[DATA]
烏山寺町
世田谷区北烏山
https://www.city.setagaya.lg.jp/theme/kanko/003/002/d00006124.html





[Today's recommendation]


https://youtu.be/-D8zh8N3KWM



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次号予告


物見遊山気分で 【永福寺】

2022.11.18

 玉川上水沿いを新宿まで自転車で行ったことがあった。
ブログ記事にするつもりで走りだしてすぐ、記事化を諦めた。
見るべきもの、撮るべきものが定まっておらず、まともな記事になるとは思えなかったからだ。
「思い付きでやっていいテーマではなく、ちゃんと調べないといけないのだ」と反省の弁を述べている(記事はこちら


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(2022年6月)


言いっ放しじゃなく、暇を見てはちゃんと出かけてチェックしてる。

玉川上水は「ジブリ美術館」を過ぎると神田川右岸を並行するコースをとるが、その一帯にはやたら寺社が多い。
先月記事にした「十二社熊野神社」もその線上に位置している。
どういった背景があるんだろう?

現場に足を運び続ければ感じるものもあるかもしれないという機械学習システムは、机上の勉学が苦手な裏返しなわけだが。


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今回は神田川左岸の永福寺。
沿線2駅の駅名に付く“永福”の由来となっている寺院である。

――1522年(大永2年)、秀天慶実によって開山された。永福という地名は、当寺の寺名に由来し、かつては「永福寺村」という村だった。Wikipedia


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永福町駅東の踏切から神田川に下っていく(瀬田貫井線)途中、石柱門がある。
“萬歳山永福寺”の石柱も。


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寺院そのものは見当たらないので参道入り口と思われるが、地名になっているだけあって寺域が広そうだと興味をひかれたのと、永福寺の右肩に曹洞宗と付いているのとで、拝んでいこうか… と思ったのだ。


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実家の宗派は曹洞宗で、ずいぶん前になるが田舎の母親が檀家ツアーで鶴見の総持寺に来るというので、生まれたばかりの子どもの顔見せも兼ねて出向いたことがあった。
両親は晩年も永平寺にツアーで出かけていた。
まさに物見遊山であり、観光の原点であるのだなぁ… と、あらためて思い出された次第である。

神社と違ってお寺さんは入りづらい雰囲気があるので、山門の外で手を合わせる。


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ハラが減ったが、永福町といえばやっぱり…?

(つづく)


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[DATA]
永福寺
東京都杉並区永福1-25-2





[Today's recommendation]

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https://youtu.be/cjjI8cHU5ZU



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次号予告


諸病平癒のパワースポット 【行田八幡神社】

2022.10.30

 前記事の続きで、行田市郷土博物館を出てぶらぶら。

博物館のジオラマで見た城下町の町割を思い浮かべ、地図を見ながら歩き始めたが、最初の目印の信号までがやけに遠い。博物館でもらった何枚かの地図のうち僕の見ていたものは極端に縮尺が小さかったのだ。


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水城公園。石田三成の忍城水攻めを見る思い?

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佐間天神社

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高源寺

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清善寺


気になったお寺さんと2ブロックほど先のお寺さんを見誤り、普通に歩けば800mで行く行田八幡神社まで2.8kmも費やしてしまった。
観光コースから外れているので、当然ひっそりしている。


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八幡神社の参道である八幡通りに入ると、急にひと気が増えた。


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八幡神社駐車場はひっきりなしに車が出入りし、境内も賑わっている。
七五三ということもあるだろうが、いまどきこれほど活性化されている感じのお参り風景というのもなかなか見ないかもしれない。


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“かんの虫・夜なき・ひきつけ 虫封”の看板。


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――行田八幡神社は、「封じの宮」と称され、子供の夜泣きやかんの虫を封じる虫封じをはじめ、癌の病、難病や悪癖の封じ、お年寄りのぼけ封じなどの封じ祈願が秘法として継承されています。行田市観光NAVI


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瘡守稲荷社(左)、目の神社(右)

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なで桃(左)、医薬の祖神(右)


境内には、おでき・吹き出物・湿疹の神“瘡守(かさもリ)稲荷社”、眼病の神“目の神社”、延命長寿・病魔退散・厄災消除のパワースポットとして人気の“なで桃”“医薬の祖神(おやがみ)など、健康にまつわる神々が祀られている。


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またこの神社は、いち早く花手水を始めたことで知られる。

――2020年春は自粛生活が続くなど苦しい時期でしたが、そうした時にも「参拝に訪れる方々に癒しを提供したい」という思いから、同年4月より行田八幡神社で花手水が始まりました。行田市観光NAVI

いまでは地域全体の商店や民家の軒先を花手水で飾る“行田花手水week”が毎月1~14日(11月と1月は15~末日)の期間限定で開催されている。
この日は期間外だったが、それでも参道のあちこちに花手水が飾られていた。


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時刻は1時を回って、腹が、減った……

(つづく)


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次号予告


[DATA]
行田八幡神社
埼玉県行田市行田16-23
https://www.gyodahachiman.jp/





[Today's recommendation]

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https://youtu.be/5YeAmOCBpMc


観光を考える 【十二社熊野神社】

2022.10.27

 最近、神社の記事が多いため、信仰心篤い人間などと誤解されるのも具合が悪いと思っていたところ、新宿からの帰りにたまたま「十二社熊野神社」横を通ったので、お参りしたうえで説明の記事を1本上げておこうと考えた。


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5月に「府中市郷土の森博物館」で見た「多摩の観光」という企画展では、東京近郊の景勝地を描いた江戸~昭和期の画帳や観光ポスターなどが多数展示されていた。
その中に“大正末期の京王線沿線案内”というものがあり、沿線の観光スポットが紹介されているが、その多くが寺社である。

高安寺、国分寺古跡、大國魂神社、(府中)八幡神社、布田(布多)天神、深大寺……


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庶民観光の起源は“おかげ参り”ともいわれるが、近代に至るまで日本の観光の中心が寺社仏閣だったことをこのポスターは伝えている。
そういうものに興味があり、要するにシンコーよりカンコーというのが、僕のスタンス。


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上記“京王線沿線案内”のいちばん右に「十二双」とある。
「十二社熊野神社」のことで、その時代は十二双や十二叢などと表記されていたらしい。


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――十二社熊野神社は、室町時代の応永年間(1394~1428)に中野長者と呼ばれた鈴木九郎が、故郷である紀州の熊野三山より十二所権現をうつし祠ったものと伝えられます。神社HPより)

新宿にそのような古社のあることを僕は知らなかった。


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境内の説明看板には“江戸時代以来、西郊の景勝地として賑わった十二社には、かつては大小2つの池と、いくつかの滝がありました”と書いてある。
まさに観光地だったわけだ。


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大滝は1892(明治25)年ごろ、淀橋浄水場の工事に伴い埋め立てられたとある。
もったいない… と思うのである。
いま新宿にそんなものがあったらどれほど人を呼べることか。


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このものが栄えていた時代に思いをはせるという意味で、寺社観光は昭和食堂にも通じる。
生物の絶滅スピードは年々加速しいまでは1日100種ともいわれているが、日本の観光資源も同じような絶滅危惧種なのかもしれないなぁ… と。


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[DATA]
十二社熊野神社
東京都新宿区西新宿2-11-2
https://12so-kumanojinja.jp/
https://www.instagram.com/junisou_kumanojinjya/





[Today's recommendation]

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https://youtu.be/QuakVuFQEds


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